調律きまぐれ日記 vol.5
~涼しい部屋のお家~


ある日。
いつものように毎年お伺いしているお宅へ、調律におじゃましました。
そのお家には、決まって夏の暑い日にお伺いすることになるのですが
ピアノのある部屋にはクーラーがなく、汗をかきかき調律の作業をして
いました。
窓はすべて開けて、廊下側のふすまも全開で、作業を進めていたところ
一人のおじいさんが、廊下をシャツにステテコ姿で奥の方へ歩いて行か
れました。
あいさつをしようとしたのですが、さささっと、急いでいるように、奥
へ、行ってしまわれました。
トイレにでも、いかれたのかな。随分急いでおられたので、間にあった
のかな、と、考えつつ作業をつづけました。
しばらくすると、今度は、さっきのおじいさんが、廊下から私の様子を
見ておられるではありませんか。
トイレから帰ってこられたんだな、間にあったのかな・・・
そう思いながら、「こんにちわ、おじゃましています。」と、私が言う
と、軽く頭をさげて、今度は廊下をトイレとは反対側に歩いて行かれま
した。
随分のお歳に見えるのに、元気だなぁーと考えながら、調律の作業を続
けました。

作業もおわり、奥様と世間話をさせていただいている時に、さっきの、
おじいさんのことを尋ねてみました。
私  「おじいさんはおいくつなんですか?」
奥様 「はぁ?」
私  「ご主人のお父さまになるのですかねぇ」
奥様 「何のことです?」
私  「いえ、さっきおじいさんと挨拶をしたのですが、おいくつかな
    と思って・・・」
奥様 「家にはおじいさんなんていませんよ、どんな人でした?」
私  「どんな人?って言われても、おじいさんで、シャッとステテコの」
奥様 「主人はステテコなんて履かないし、それに、仕事に出てるし、
    おじいちゃんは随分前に亡くなったし・・・」
私  「えっ、おじいさんは亡くなられたのですか? それじゃ誰なんで
    しょう・・・確かにおじいさんだったし・・・」
奥様 「いやっ、おじいちゃんやろか・・・でてきたんやろか・・・」
私  「おばけ?  ときどき出てこられるのですか・・・」
奥様 「・・・はじめてです」
私  「僕、おばけ見たんですかねぇ、わぁ、すごーーい」
奥様 「わぁーこわ、なんか恐いわぁーー」

私  「お化けなんか恐くないですよ、それより、本物の知らないおじ
    いさんのほうがもっとこわいです。」

次の年からは、クーラーがなくても、涼しい部屋になりました。

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