ある日。
ピアノの修理を依頼されました。
奥様が子供の頃に使われていたピアノで、自分の子供がピアノを習い始めたので
そのピアノを使わせたいとのこと。
早速お見積もりにお伺いして、修理をさせていただくことになりました。
35年も前に購入されたピアノで、25年程調律もせず、放ってあったもので
内部は金属部の錆と虫食いで随分修理をしなくてはいけませんでした。
当然、その場所では作業が出来ませんので、いったんピアノを私の所へ運び込み
作業にとりかかりました。
次々にバラバラになっていくピアノ、35年の年月をさかのぼる気分で作業を
すすめました。
そして、ピアノの裏の掃除を始めたときです。
コロコロっと、指輪が一つ出てきたのです。
銀の指輪で、飾りも石も何もなく、ただの輪っかだったので子供さんのおもちゃ
かな?と思っていると、なにか内側に書いてあるではないですか。
"19・・/3/8 @@@@・@@@@"
これは!! ひょっとして、結婚指輪?
うん、間違いなく、それ。
よかった、掃除機で吸ってしまわなくて・・・ほっとしたのと同時に
恥ずかしいような、うれしいような、何とも言えない喜びがこみ上げてきました。
すぐにでも、お家の方に連絡したかったのですが、ちょっとまてよ・・・
電話で言っても、実感が沸かないし、それに、どんなお顔をしていただけるか
見たいな、と、ちょっとイタズラ心でピアノの修理が終わるまで、待っていただく
事にしました。(別にこの時点では待っておられないのですが)
さて、ピアノの修理も完了して、お届けの日です。
ピアノの修理が終わって、喜んでいただけることが一番の楽しみなのですが、
今回はいつもとちがいます。
そう、例の指輪を付けてお渡しするのです。
ピアノがお家につくと、3人の子供さんと、ご主人と奥様の家族全員でお出迎え
していただきました。
今回も、ピカピカのいい音になったピアノに大変喜んでいただき、私も喜んで
とても楽しい時間が流れました。
子供さんがピアノを取り合う様に遊んでおられる中、わたしは一つの封筒を
奥様に手渡しました。
「納品書ではありません、ピアノの中から出てきたものです」
そう言うと、奥様は封筒を開けられました。
「うわ! あなた、これ」
「ピアノの中にあったのか」
「もぉう」
「よかったー」
そういう、お二人の指にはちゃんと指輪があるので聞いてみました。じつは、ご結婚された頃、ご主人は指輪に慣れず、はめたり、はずしたり
されていたのですが、いつの間にかなくなってしまって、それを知った奥様は
いらぬ疑いをご主人にかけたのだそうです。
その怒りは、すさまじいものだったそうで、すぐに、全く同じ指輪を作って
ご主人にはめさせて「死ぬまではずさないように」と、命じたそうです。
ご主人は今回、「いらぬ疑いが解けてよかった、何か事あるごとに指輪の
事をもちだされていたのがこれで無くなる」と、喜んでおられました。
ピアノが修理されて、喜んでおられる子供さんたちより、身の潔白が証明されて
喜んでおられるご主人の笑顔が一番うれしそうでした。